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文・あかいししょーこ
混沌とした現実を打ち破るかのように聞こえて来る「こえ」があります。
その「こえ」をお届けします。
18.04.26(木)
毎日が誕生日02


どうして団塊の世代はJOY(歓び)なのか。


それは、アニメ映画「この世界の片隅に」を見たあとに思いついたことだった。


1945年8月15日、ようやく戦争が終わり、もう空襲を恐れなくても良い時間が人々の上に訪れる。


食べるものも充分にはなく、あたりはまだ焼け野原だけれど、とにもかくにも戦争は終わった。


夫や恋人が戦地から帰ったり、年頃の男女が結婚した結果、出産ラッシュを迎える。


日本全国いたるところでキューピッドが休むことなく活躍したことと思われます。


ゴールドラッシュならぬベビーラッシュ。


[出生数]
1947年(昭和22年)生まれ267万8792人
1948年(昭和23年)生まれ268万1624人
1949年(昭和24年)生まれ269万6638人


子供が生まれるには男性と女性がそれぞれ一人ずつ必要で、毎年約530万人以上の男女がセックスしたことにより生まれたのが団塊の世代です。


530万人というのは当時の日本の人口の何パーセントなのかが気になり、出産の前年から3年間の日本の人口を調べてみた。


1946年(昭和21年)約7,575万人/約7パーセント
1947年(昭和22年)約7,810万人/6.8パーセント
1948年(昭和23年)約8,000万人/6.6パーセント
(戦後昭和史より)
*末尾の数字は筆者による計算。


一時期のインドや中国のように、文明の発達していない国は出生率が高いと言われていましたが、長い夜を過ごすための遊びやTV等の娯楽が皆無な場合、セックスは相手さえいれば手軽に楽しむことができます。


爆撃を恐れなくても良い終戦後にあって、愛する相手を得、生きている喜びを思う存分解放できる夜の営みは快楽の極みだったことでしょう。


そういった肉体の歓びに打ち震える男女の意識に引き寄せられるかのように着床する嬰児たち。


その総体数が3年間で約800万人という団塊の世代なのですが、私が着目するのは、ここまで時代色や価値観を同じくする一種の共犯者空間は稀なのではないかということです。


住居ひとつとっても今のようなコンクリートハウスは皆無。


ほとんどの人たちは、木と紙でできた昔ながらの家屋に住み、井戸水を飲み、決まりきった食生活でその日その日を過ごしていたに違いない。


貧富の差がそれほどない、環境を同じくする時代に次々と誕生していった赤ん坊たち。


肉体はこの地上の父と母から受け継いだものだが、では魂はどこからきたのだろう。


沖縄在住のS氏は1948年8月15日生まれ。


S氏は日本各地はもとより、南極、北極を始め、世界の聖地に光の柱を立て、地軸の傾きを修正して回った、知る人ぞ知る「無名の大聖人」です。


そのS氏が語ったという言葉を或る方の著書で見つけました。


天上界から見ていてあまりにも悲惨な状況をなんとかしなくてはの思いからこの地上に生まれてきた。


S氏の言葉が印象に残っていたところ、もう一人、同じことを言っている人がいることがわかった。


昨年の秋に亡くなった著名人G氏がやはり同じ趣旨の言葉を語っている。


ではそれがなんだということになると、生まれた人口約800万人のうちのたった2人がそう言っているに過ぎないわけで、そこから真理を導き出すことの危険をあえておかして私は言おう。


みんなね、天から、宙(そら)からやってきたんだよ、私もあなたも、みんなみんな。


もちろん団塊の世代以前の人たちだって、以降の人たちだって天や宙(そら)からやってきていることに変わりはないけれど、戦争というひどい時間を過ごした後の共有空間に舞い降りた魂の共通認識は、どこか異なるのではないだろうか。


学校時代の友人たちや社会人生活の同輩たち、そしてご近所付き合いのあの人この人を思い浮かべる時、なんだろう、何か懐かしさを感じる共通認識がある。


「このままでは地球はもたない」との思いから、恵まれたオートクチュールデザイナーから一転。


身体が元気になる生地を求めて世界中を訪ね歩き、タイのチェンマイにたどり着いて以降、手織り手紡ぎ手染めによる独特な衣服を作り続けている「うさとの服」のさとううさぶろうさんも1948年生まれ。


団塊の世代だ。


私は2005年の夏からの「うさとの服」の愛用者だが、うさぶろうさんに初めて会ったとき「なにしてるの?」と聞かれ、クリスタルボウル演奏家の牧野持侑さんのCD制作のことを話すと「ああ、じゅんちゃん、知ってるよ」とのこと。


数年前からのおつきあいなのだとか。


牧野さんは1950年生まれだから団塊の世代ではないけれど、何かにつけエネルギーの近似値を感じる人ではあります。


「うさとの服」を買い始めてしばらくして、うさぶろうさんに遭遇した際、うさぶろうさんが突然「同い年だよね」と言った。


うさぶろうさんの方が下だと思います。


と答えると「(昭和)23年生まれだよ」とのこと。


同い年だったわけですが、なんでしょうね、この感覚は。


同じ星から来たかどうかは別にして、同世代感覚の最たる感じがするのです。


あれはやっぱり懐かしさなのだろうか。


何十年会わなくても、それほど言葉を交わすことはなくとも、同じ時代に天や宙(そら)からやってきた同胞意識なのかもしれない。


それはさておき、そろそろ今回の結句を書きましょう。


まだ仕事バリバリな人もいるかもしれないけれど、私自身の状態を考えるにつけ、そろそろ収束に向かう準備を始めてみる頃ではないかと思うのです。


と言っても何か特別なことをお勧めするつもりはありません。


ぜひやっていただきたいのは飲食物に関することですが、玄米菜食にするべきだとか、お酒をやめろとか、そんなことではありません。


簡単に言えば摂取カロリーを減らしていくことなのですが、3食食べている人は2食に、2食の人はゆくゆくは1食への道をそろそろ考えると良いのでは、というのが現在私の身近で沸き起こっている食養生の道筋です。


私自身は昼と夜の2食ですが、時により1食にしたり丸1日絶食したりして、極力少食に勤めています。


絶食のメリット


ただ、あまり無理なことを急激にやりますと身体に負担がかかって、せっかくの食養生がかえって仇となりますので、十分注意が必要です。


ですので、まずは3食は3食のまま、2食は2食のまま、おかずやご飯の量を少しずつ減らしていく。


その道から始めてみてはどうでしょう。


そうして、食材が少しずつ減ってきて、材料費が浮くようなことが起こり始めたら、ぜひトライしていがだきたいことがあります。


普段スーパーマーケットで買っている食材を徐々に無農薬や有機農法に変えていってほしいのです。


今、世界中に出回っている野菜や果物は遺伝子組み換えやF1種、農薬まみれのまま大手を振ってまかり通っている、とんでもない代物です。


なんでこんな毒物が店先に並んでいるかといえば、みんなが平気で買うからですね。


無農薬や有機農法の食材は高いからという理由で試してみない人が大半だと思いますが、やれ32品目食べなくては、とか、果物は毎日必要だとか、無駄なお金を使っていることに目を向けてほしいのです。


私たちがこの星に生まれた意味があるとするならば、無駄な食事をやめて、いま地球に負荷をかけているカロリー過多な状態を救うことではないでしょうか。


あれも食べたいこれも食べたいという欲求よりも、食べないことで何かを成し遂げることができるのなら、やっぱりそっちを選びましょうよ。


私の人生のテーマは「どんな肢体(死体)を残せるか」ですが、これはまた次回に。


ちなみにこんなところで愚にもつかない戯言をなんだって長々と書いているのか、について書いておきます。


これは名付けて「椰子の実」作戦、またの名を「ボール・ヴァレリー」作戦です。


「ポール・ヴァレリー」作戦
美酒少し海へ流しぬ
「虚無」に捧ぐる供物にと


「椰子の実」作戦
名も知らぬ遠き島より流れ寄る椰子の実一つ


あなたのところに届きますように。。。




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